Marilyn Manson - Antichrist Superstar

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 全世界の厨二病キッズ御用達のアンチ・ヒーロー、マソソソマソソソの代名詞的アルバム。そのイロモノ的なキャラと良くも悪くもキッズ受けする分かりやすさ、そして近年のグダグダな迷走っぷりもあってか*1、いわゆる「玄人リスナー」あるいは「インダストリアルガチ勢」の皆さんからはソッポを向かれがちなマソソソさんですが、いやいや初期の作品、特にこのアルバムはサウンドメイキングも緻密だし、ちゃんとインダストリアルしてるんですよ…ということで書いてみます。

 

  デビュー当初からトレント・レズナーの息がかかっていたとはいえ、基本的な曲作りの面ではトレントさんはノータッチだった模様。そのせいか、1st完成後にアルバムを聴いたトレントが「聞きたくないだろうけど、正直に言って良いとは思えないんだ」的なことをマンソンに伝え、マンソンも「そうだな、君の言うとおりだ」と謙虚に認めた…という、今の両者からは信じられないような男の友情エピソード(?)もあったりします*2

 

 というわけで、今度こそは「本当に良いレコード」を作るべく、ゼロからトレント×マンソンの共同作業でアルバム制作がスタートしました(結果的に、アルバム中3曲の作曲でトレントさんがクレジットされています。)。しかし、当初からレコーディングは難航。バンド側のモチベーション不足&ドラッグ浸りで曲作りは進まず、プロデューサーのDave OgilvieはTVゲームに夢中で部屋に籠りっぱなし…という有様(何してんすかデイヴ)。苛立ちを募らせたメンバーは次第に破壊的になり、とにかく機材を壊す、メンバーの私物を壊す…といった行動が常態化していきます。特にデイジー・バーコウィッツ*3への風当たりは強かったようで、ドラムマシンは窓から投げ捨てられ、4トラックレコーダーはレンジでチンされ…と散々な目に。あげくトレントがデイジーのお気に入りのギターを嫌がらせでアンプに叩きつけ破壊し、笑って立ち去った…という胸糞エピソードも*4。その結果、アルバム完成前にデイジーは脱退に追い込まれてしまいます*5。最終的にマンソンは、ドラッグに溺れつつ4日間ぶっ続けで起きていた時に、それまで求めていたインスピレーションを得ることに成功。以降、意図的に睡眠不足のハイな状態を作り出して録音に臨むようになります。それを維持するべく、自傷行為や更なるドラッグが追加され…ともうメチャクチャ。まさしく"This is beyond your experience…"って感じですな*6

 

 Trent Reznor/Dave Ogilvieのエンジニア組もかなり狂っていて、レコーディング開始時に「ギターアンプを一切使わない」という謎ルールを自分たちに課していたそうです。安易にアンプに頼らず今までにないサウンドを作ろうという試みだったようですが、おかげでDave Ogilvieは随分苦労させられた模様*7。1曲につき1枚のアルバムを作るような熱意で7~10日間みっちり取り組み、完成したらまた一から次の曲…という工程を繰り返したせいで、疲労もかなりのものだったようです*8。5曲目に入る時点でメンバー全員が疲れでガタガタだったそうで、こんな作業をスタジオで約8か月も缶詰になって続けていれば…当然の帰結として、レコーディング終盤にはメンバー同士の人間関係もボロボロに。結局、アルバム完成前にDave Ogilvieはバンド側から解雇され、ちょうど「ロスト・ハイウェイ」サントラの作業を始めていたトレントと共にアルバム制作から離脱。最終的なプロダクションは、NINで長らくミキシングを務めていたSean Beavanが担当しています*9。レコーディング終盤の時点で、既にトレントとマンソンの間には方向性の違いが生じていたようですね*10

 

  そんな滅茶苦茶のカオスと文字通り血の滲むような努力(?)の中から産み落とされた本作は、マンソンの作品中でも群を抜く緊張感と凶暴性を湛えています。というか常にマンソンの代表作とされながら、明らかにこの人のキャリアの中で一番浮いてるんですよね。それはやはり、曲作りの根幹からトレント・レズナーが関わった唯一の作品だからだと思っています。

 

 個人的な本作のサウンド面での肝は「限りなく生のバンドサウンドに聞こえるインダストリアルメタル」。ミニストリーのように機械的な無機質さ・単調さを前面に出したタイプではなく、中期スキニー・パピーのようにエレクトロニクスを"汚く壊して"使ったタイプのインダストリアルメタルです。ドラムやギターのサウンドを1つ1つ見ていくと判りますが、全体に電気的処理を加えてありながら、生の音以上にグチャグチャドロドロと生々しい質感。喩えるならば、一見してマシンと判るロボではなく、本物の血肉で巧妙に偽装されたサイボーグ(もといターミネーター)…といったところでしょうか。良くも悪くも整理された印象のあるこの後の2作と比べると、より混沌とした印象を受けるのもそのためでしょう。バンドサウンドの上に電子音をフィーチャーしたのか、電気処理されたパーツでバンドサウンドを偽装しているのかの違いですね。

 

 "March Of The Pigs"のあの印象的なドラムが、実は生録音に聞こえるように加工された打ち込みである、というエピソードに象徴されるように、トレントさんはスキニー・パピーの生々しく破壊的なエレクトロニクスの使い方に影響を受けて「The Downward Spiral」を制作しました。その手法を、パピーの音作りの仕掛人だったDave Ogilvieと共に、バンドのプロデュースに適用した結果産み落とされたのが本作…と自分は捉えています。エレクトロニック・ノイズに怒り・情念・狂気を乗せ、本物以上に増幅して吐き出す、そんなアプローチこそが今のマンソンに必要なもの…というトレントさんの判断だったのでしょう。それは目論見通り成功し、本作を以てマンソンは晴れて憎むべき世界の敵として君臨することになるのです。2人の友情を犠牲にして。

 

 先述の通り、ある程度洋楽を聴く人はマンソンを途中で"卒業"してしまい、「いやマンソンとか全然インダストリアルじゃねーしwww」と軽く見られてしまうことも多い印象。確かにそれは間違ってないんですが、少なくとも本作に関しては"ミーハー向け"の烙印を押して無視するにはあまりに巨大なマイルストーンでしょう。何といってもトレント・レズナーとブライアン・ワーナーという2人の天才が本気でエゴをぶつけ合い、周囲の世界どころか2人の絆までも破壊し尽くして生まれた「奇跡の一枚」なのですから。トレントさんの貢献度を鑑みても、これはNINの2ndと3rdの間にある彼の作品の1つ、とカウントしてもいいとすら思っています。凡百のフォロワーバンドはもちろんのこと、本人たちですら間違いなく二度と作り出せない孤高の作品。「マンソンとか高校のとき以来聴いてないなぁ」みたいなそこのあなたも、この機会に改めて聴き直してみては。新しい発見があるかもしれませんよ。

 

Released Year:1996

Record Label:Nothing / Interscope

 

Track Listing

Cycle I - The Heirophant
  1. Irresponsible Hate Anthem
  2. The Beautiful People
  3. Dried Up, Tied And Dead To The World
  4. Tourniquet
Cycle II - Inauguration Of The Worm
  5. Little Horn
  6. Cryptorchid
  7. Deformography
  8. Wormboy
  9. Mister Superstar
10. Angel With The Scabbed Wings
11. Kinderfeld
Cycle III - Disintegrator Rising
12. Antichrist Superstar
13. 1996
14. Minute Of Decay
15. The Reflecting God
16. Man That You Fear
17-98 [blank]
99. hidden track

 

 さて、ここまで個々の楽曲に全く触れずに筆を進めてきてしまったので、久しぶりの以下全曲解説。たまにはサービスサービスぅ!

 

#1:"We hate LOVE !, We love HATE !"という倒錯したコールから幕を開ける疾走曲。サビでのド直球な歌詞とは対照的に、コーラス部分で急に横乗りにチェンジしたりと、実は展開が独特で捻くれてます。ベタベタベタベタ、暑い!ベタベタベタベタ、夏!(空耳)の所の気持ち悪さが個人的に好き。

 

#2:本作からのシングル第一弾。これについては今更語ることすら不要でしょう。"Old-fashioned fascism will take it away !"のシャキシャキした語感がパピーっぽくてナイス。MTVアワード'97での弾けっぷりとか名演は数多ありますが、やはり2000年のFragility TourでNINに乗り込んでコラボした際の演奏を推したいです。会場の盛り上がりも含め、色々と胸アツ。

 

#3:前2曲が強力過ぎるせいでどうしても影が薄いですが、よく聴き込めば味わい深いスルメ曲。コーラス部分のダイナミックなドラミングや、ボディブローのようにじわじわと効いて来るサビの盛り上がり方、ラストで突然顔を出すメタリックなリフが好み。ライブでは珍しくマンソンがギターを持ちますが、そのプレイ意味ある?と突っ込んではいけません。

 

#4:シングル第二弾。次作以降のメロウな展開を予期させる雰囲気を持った、やや控えめな印象の曲。マンソンもこの時期にしては情感たっぷりに歌い上げています(「感情込めすぎ」とトレントにNGを食らい、拗ねてしまったこともあるらしい。子供か。)。この曲はダンサブルなベースラインが肝でしょう。PVは相変わらずエグさ全開で、虫苦手な人は閲覧注意。

 

#5:「作曲にトレント・レズナーが名を連ねた3曲」の1曲目。3分足らずを一瞬で駆け抜けていくパンキッシュな曲ですが、サビのギターリフは一捻り凝っていますし、ブリッジ部分にしっかりブレイクを挟んだりと小技が効いています。NINの"Big Man With A Gun"もそうですが、こういう瞬間的に爆発する曲を作らせてもピカイチなのは流石全盛期のトレントさん。近年になってライブのセトリにも登場したらしいのは驚き(短いから衰えた喉でも歌いやすいんでしょう)。

 

#6:キーボーディストのポゴが1人で作曲した曲(でもメロトロンはトレントがプレイ)。本作の中で最もエレクトロニックかつ不穏な質感のサウンドです。後半の、調子外れでありながら怖さと美しさを兼ね備えたボコーダーの使い方、どこか既視感があると思ったら、パピーの"Worlock"ですねコレは。あと、カルト映画「Begotten」の監督として知られるE. Elias MerhigeによるPVは、曲に違わず超不気味な世界観で素晴らしいです*11

 

#7:「作曲にトレント・レズナーが名を連ねた3曲」の2曲目です。EBMっぽいデケデケシーケンサーが印象的でツボ。ドラムもその辺のドラム缶ぶっ叩いたようなサウンドで良いですね。臓物を引きずっているかの如くグロテスクな曲調といい、コーラスの "You're such a dirty, dirty"の癖になる感じといい、#6と#7の2曲は特にパピーの影響が色濃くて気に入ってるんですが、世間的には人気無いようで残念。

 

#8:最初は完全に捨て曲と思ってほとんど聴いてませんでした。改めて聴くと、80年代ニューウェイブの香りを残す雰囲気は1stの頃のようで嫌いではないんですが、せっかく初期のこけおどし感を払拭したシリアスな本作においては、やはり浮いている印象が否めません。シングルのB面とかでよかったんじゃ…と思ってしまいますね。

 

#9:これも最初はそんなに…という感じだったんですが、今ではそこそこ気に入ってます。よく耳を凝らすと、ヴァース部分のドラミングが地味ながら結構複雑。ちなみに今度はリードギタートレントがプレイしてます。「(アルバム全体を)もっと自分に任せてくれればさらに良くなったはず」と豪語していたトレントさん、意外と出しゃばりですね。最後はお決まりのハーシュノイズに埋める展開でそのまま次曲へ。

 

#10:こちらは隠れた(?)人気曲。本作を引っさげたツアー「Dead To The World」ではオープニングを飾っていました。キリング・ジョークの影響を感じる呪術的なドラミングとダンサブルで小気味良いギターリフ、そしてマンソンの畳みかけるような早口発狂ヴォーカルが癖になります。個人的にも実は#12や#13より好きな曲だったり。ちなみにリードギターを弾いているのはNINのダニー・ローナーです。

 

#11:ある意味アルバム中最もヘヴィで淀んだ空気を持つ曲。サウンドエフェクトはかなり凝っていて聴き応えあるんですが、いかんせん元の曲自体がそこまで…といった感じ。むしろ、あまり面白くない原曲をよくここまで仕上げたな~と評価するべきかもしれません。ライブでは一瞬ですがマンソンがリコーダー(!)をプレイしていて、ある意味必見です(というかあれをプレイと言っていいのか)。色々とんでもないことになってるので。

 

#12:聖書破りパフォーマンスで有名なアルバム表題曲、もとい「暗黒面に堕ちた"We Will Rock You"」。スタジオ盤も壁のように分厚いギターサウンドが結構独特で面白いんですが、こればっかりはやはりライブ音源が本領を発揮しているもしれませんね。この曲には#6と同じ監督によるモノクロのPV(恐らく当時お蔵入りになったと思われる)が存在しており、そちらも必見。余談ですが、"Cut the head off / Grows back hard / I am the hydra"の一節を「頭をぶった切る / 後ろ向きに進むなんてキツイことさ / 俺はヒドラだ」と訳した邦訳はセンス無さ過ぎ*12。「頭を切ってみろよ、(俺はヒドラだから)すぐまた生えてくるぜ」的なニュアンスなんですがねぇ…。

 

#13:これも#1と並んで今や貴重な高速スラッシュ曲。ですが#1に比べると勢いに頼りすぎな感じもあって、ちと飽きやすいのが玉に瑕。ライブ向けの曲といったところでしょうか。実際、当時のライブではマンソンの演説を交えつつ演奏するトリッキーな演出で披露されていました。

 

#14:クライマックスへ向けての箸休め…かは知りませんが、またまたテンションの低いダークな曲。アウトロの反響するピアノをはじめ、不思議な哀愁と浮遊感があってこれ単体だと結構好きなんですが、#12~#16までの流れで見ると、アルバム終盤の勢いを殺しているようにしか思えないのがちょっとアレ。クオリティというより曲順で損してる気の毒な曲ではありますね。

 

#15:「作曲にトレント・レズナーが名を連ねた曲」の3曲目であり、本作の中でもイチオシに大好きな1曲。まずTwiggyのゴリゴリとしたベースラインが既にキマってます。そのベースが主導権を握る抑えたヴァースから、一気に爆発するコーラスの鮮やかな対比はお約束ながらもやはりカッコいい。ブリッジ部分のドラマチックな"Forgiveness ! !"連呼を経ての疑似ライブ歓声、そしてアコースティックパートから最後の爆発へ~の流れは何度聞いても強烈なカタルシスを得られます。ラスト大サビの、もはやノイズと一体化した金切り声のシャウトも堪りません。全編にわたって言うこと無しの、まさに神曲。これをライブのオープニングに持ってきてた全盛期のマンソンって一体…。

 

#16:前曲での爆発を経て始まる最終曲は、まさにアンチキリストのための葬送歌のような1曲。終始背後を漂う不穏なノイズと、これまたトレントさんお得意の寂しげなピアノに導かれ、物語はじりじりと、しかし着実に最後の瞬間へと近づいていきます。「お前の愛した子はいまやお前が恐れる怪物になった」「祈れよ、お前の人生は全て夢に過ぎなかったと祈れ」という歌詞が痛烈。そして最後のサビが終わった後、夢も人生も全てが崩れ落ちていくかのように耳を覆いつくしていくノイズ処理が何とも言えず素晴らしい。NINの"Hurt"と似ているようで全く逆のベクトルを向いた、救いようのないバッドエンドでアルバムは幕を閉じます。最後に子供の声でリピートされる"When all of your wishes are granted, many of your dreams will be destroyed"の一節も絶望的で好きですね*13 。

*1:ちなみに私の場合「Born Villain」はかなり好きです。あれでマンソンもついに復活!と思ったんですが…。

*2:出典①→https://www.theninhotline.com/archives/articles/manager/display_article.php?id=667

*3:初代ギタリスト。創設メンバーの一人であり、曲のほとんどを書いていたバンド初期の功労者です。

*4:出典②→Marilyn Manson's 'Antichrist Superstar': 8 Insane Stories of Drugs, Pain, Pushing Limits | Revolver

*5:そもそもトレントさん、デイジーの作る曲がオールドスクールHR/HM過ぎるという理由で気に食わなかった模様。ACSS完成後のインタビューでも「アイツが曲を書いていた頃はダメだった」的な事をのたまっています(出典①より)。自分はすぐに潰れる豆腐メンタルの癖して、ホント他人に対しては容赦ねぇなトレント…。

*6:ここまでのエピソードについては出典②参照。

*7:本人は「戦争でもやっているようだった」と述懐しています。「だからお前を雇ったんだろ。それこそお前にやってもらいたかったことなんだから」とも言われたそうですが。

*8:この辺りの事情はかつて存在した日本語インタビューサイトに詳しかったのですが、Wayback Machineにもアーカイヴされていなかったので、一部をここに。https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/g/giesl-ejector/20201010/20201010114635.jpg

*9:英語版wikiより→https://en.wikipedia.org/wiki/Antichrist_Superstar#Recording_and_production

*10:亀裂が決定的になるのは、ACSSのヒットでマンソンが鼻持ちならないビッグスターになり、一方のトレントが本格的にスランプに陥る97年以降のことですが。

*11:というより、シーンの多くは「Begotten」本編からそのまま流用されています。

*12:まぁこれに限らず、本作の邦訳は直訳ばっかりで大概酷いんですが。これだからメタル業界は…。

*13:ちなみに99曲目のシークレットトラックは、サンプリングノイズと語り中心のインタールードなんですが、#16の最後のサンプリングボイスから始まり、#1冒頭のサンプリングボイスに繋がるように編集されています。