Skinny Puppy - Too Dark Park

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  スキニー・パピーの代表作として挙げられることも多い6thアルバム(通称"暗杉公園")。一方でネット上での評判を見ていると(特にインダストリアルマニアの間では)、ハーシュEBMの完成形として「VIVIsectVI」を、唯一無二の域まで上りつめた究極形として「Last Rights」を推す方が多く、意外に本作は影が薄いイメージもあったりします。まぁ4thから7thまでの彼らは、各アルバムで異なる方向性を突き詰めつつ、毎度のようにハイクオリティな傑作を叩き出していた文字通りの無双状態ですから、それぞれを単純に比較するのは野暮というものでしょう。

 

  「動物実験反対」を唱えた4thに続き、本作のテーマは"Environmental degradation=環境破壊"。こういうテーマの場合、保護対象を「危機に瀕した美しい自然」として賛美しつつ「こんなに素晴らしいものを壊すなんて!」と文明を非難するのが常套手段なんですが、この人たちの場合、保護対象を「破壊・汚染されてしまった異形の自然」として醜悪な姿で描き出し、「このままだとお前らの世界もこうなるぞ」と言っているのが一寸捻くれてますね。高尚なテーマを掲げていても、あくまで露悪的に現実を抉り出し容赦なく目の前に突き付けてくる表現手法は、Throbbing Gristleから脈々と続く"インダストリアル・ミュージック"のコンセプトに忠実です。また、ラブクラフトの「宇宙からの色」を思わせる毒々しくも美しいアートワークは、Jim Cumminsという人の手によるもの。おなじみSteven Gilmoreを起用しなかったのは、音もビジュアルも含め、今までとは違う新しいアルバムを作りたい…という思いがあったためのようです*1

 

 そんな本作は、cEvin Keyいわく「本当の意味でパピーのアルバムだった"VIVIsectVI"に続く作品」だそう*2。確かにメタル・ハードコア色はやや後退しましたが、「Rabies」で獲得した狂犬的テンションの高さをそのまま、「VIVIsectVI」までのエレクトロニクス主体の方法論でフィックスすることに成功しています。さらに、以前の音源よりも重低音が強化され、厚みと迫力を増した結果、その発狂具合がよりダイナミックに伝わってくるようになりました。ヘッドホンで聴くとエグさが段違いです。また、単にハーシュEBM路線に回帰するのではなく、#3の民族的なパーカッションや#5のフレットレスベースなど、より生の楽器を活用した音作りが印象的。そのせいもあってか、激しく電気処理で歪められた音にも関わらず、妙に有機的でグロテスクな印象を受けます。これも「汚染された自然」のメタファーなんでしょうか。

 

 そして、今までも十分に奇抜だったリズムトラックはここに来てさらに混迷を極めています。個人的な1つのキーワードは「痙攣」*3かなと。しゃくりあげるかのように暴走したかと思えば唐突に大人しくなり、次の瞬間にはまた引きつったまま走り出すテンポに、完全に聴き手は置いてきぼり。唯一メタルギターを前面に出した#8ですら、痙攣する神経質なリフのおかげで、一般的なメタルっぽさを完全に払拭しています*4。狂気と正気を瞬間的にスイッチングしながら突き進む展開は非常にスリリングで、先が読めない緊張感にゾクゾクさせられます。このEBMらしからぬ、"突然ブチ切れる"極端な静と動のダイナミクスは、後のNINの2ndやNumbの3rdにも色濃く受け継がれていますね。

 

 それでいて各曲の長さは3~4分台で統一されており、また楽曲ごとの個性も際立っているため、アルバムを通じてダレるということが全くありません。のっけから変則ビート・変態リズムと雷のようなギターノイズを駆使して破壊を極める#1、腐臭を漂わせながら陰鬱に自然の恨み・嘆きを呟く#5、神経質な偏執ダンスビートと美麗なシンセサイザーがせめぎ合う#6や#9、中盤からの疾走がクールな盛り上がりを見せる人気曲#7など、語り始めればキリがないほど粒ぞろい。捨て曲なしの圧倒的な完成度です。

 

  本作を引っさげた2年ぶりのライブツアー*5は、ファンの間ではもはや伝説。ステージ中央には巨大な植物のようなオブジェ(テレビモニターが内蔵され、注射器などが絡みついている)が鎮座し、機材の間にも樹木あるいはツタのようなものが並べられた光景は、どこかゴシック・ホラー調で異様です。オーガさんが終始血みどろなのは平常運転ですが、何といってもハイライトは"Stilt Man"と呼ばれる竹馬スーツによるパフォーマンスでしょう。金属製の拘束具のようなものを手足に装着したオーガさんの、昆虫のようなシルエットはインパクト大で、パピーのドロドロとしたライブのイメージとして真っ先に挙げられることもしばしば。後にマリリン・マンソンが好んで使用したことでも有名で、一般的には竹馬=マンソンのイメージが強いかもしれません*6。この竹馬スーツ、#3のPVにもちょっとだけ登場しています。

 

  PVといえば、本作に関連する映像作品として「Too Dark Park Backing Film」というブートビデオが知られています*7。これはその名の通り、元々はライブ演奏中にステージのバックスクリーンに投影するために制作されたもの。したがって、プロモーション用にオンエアを想定して作られたPVとは性質が異なります。ほとんどが映画のワンシーンやドキュメンタリー映像などを継ぎ接ぎした著作権ガン無視の構成で、映像としての展開らしい展開もありません(ただの背景映像なので)。また当然ながら、本アルバム以外の曲でもセトリに入っている曲には映像が存在しています*8。現在ネット上でよくPVとして紹介されている"Tin Omen"や"Convulsion"のビデオも、実は全てこのBacking Filmの映像*9。とはいえ、Too Dark Park以前にほぼ同じ手法で作られた"Worlock"のビデオ*10だけは、一応公式にPVとして扱われているので、本質的に違いがあるわけではないんですが…。正確に言えば、"Worlock"でやったことを更に推し進めて、ライブ向けの背景映像を作った…というのが実際のところでしょう。

 

 今は亡きEBMファンサイトで、"すでに自縄自縛に陥っていたEBMが見出した唯一の突破口" " EBMの到達点でもあり次への第一歩"と評されていた本作。しかし実際のところ、パピーの影響下からスタートしたダークエレクトロなどの後続組も本作を超えることができず、EBMと同じように自縄自縛に陥っている印象もあるのは皮肉なところ。結局、EBMやその派生ジャンルは、現在に至るまでパピーが提示した"次への第一歩"を踏み出せないままでいるのかもしれません*11。唯一の例外として本作から4年後、すっかりEBMが下火になった頃に、稀代の天才/孤高の暗黒王子がこの突破口を飛び越えて歴史的な一作を産み落とすのですが…。そちらについてはまた別の機会に。

 

Released Year:1990

Record Label:Nettwerk, Capitol Records

 

Track Listing

  1. Convulsion
  2. Tormentor
  3. Spasmolytic
  4. Rash Reflection
  5. Nature's Revenge
  6. Shore Lined Poison
  7. Grave Wisdom
  8. T.F.W.O.
  9. Morpheus Laughing
10. Reclamation

 

 Pick Up!:#3「Spasmolytic」

  EBMともメタルとも異なる、異様なテンションと焦燥感が癖になるシングル曲。タイトルは"鎮痙薬"という意味ですが、1曲目から痙攣激し過ぎたので抑えに来たのかと思いきや、ますます痙攣してますね。この薬、本来は手術等で筋肉を弛緩させるためのものなのですが、依存性があり乱用されるケースもあるらしいです。つーわけで要はドラッグソング。といっても歌詞を見る限り、これはドラッグ断ちの様子を描写している模様です。煙草を切らした喫煙者が貧乏ゆすりをしているかのような、イライラをそのまま具現化した怒涛のドラミングが秀逸。あとこの曲は”Tin Omen”と並んで歌詞のリズム感が素晴らしいと思っています。特に"She sits alone in the worry she's created"の語感とか最高。もはや歌詞を見なくても1曲通して口ずさめるようになってしまいました(キモい)。

 

*1:こちらのインタビューより→http://litany.net/interviews/103190.html

*2:出典→http://litany.net/interviews/aphilt.html 暗に「パピーのアルバムではない」と言われるRabies…。

*3:#1のタイトル"Convulsion"は文字通り"痙攣"を意味します。

*4:ちなみに今回ギターをプレイしているのは"第4のメンバー"ことDave Ogilvie。

*5:前作"Rabies"の時は、アルバム発表後にオーガさんがミニストリーのライブに帯同してしまったため、Skinny Puppyとしてのツアーは行われませんでした。

*6:初出は"Sweet Dreams"のPV。その後ライブでも"Kinderfeld"、"Tourniquet"、"The Nobodies"等の演奏時に使用されているのが確認できます。

*7:詳細はこちら→http://www.skinnypuppy.eu/vault/db_1990.php

*8:逆に、ライブで演奏された曲の分しか映像が用意されていないので、当時のツアーでは披露されなかった#2や#7、#9のビデオは存在しません。

*9:そのグロさが特筆される"Convulsion"のビデオには、「エンゼル・ハート」という映画のシーンが主に使われています。

*10:グロ過ぎるせいで一度もオンエアされたことが無く、また著作権の問題からPV集にも収録されていないという不遇っぷり。

*11:そこも含めて愛おしいジャンルではあるのですが。