Foetus - Thaw

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 言わずと知れたインダストリアル界の帝王、Foetusの5thアルバム。80年代のフィータスはアルバムごとに意味もなく名義を変えてくるのが特徴ですが、本作は"Foetus Interruptus"名義となっています。あと、ジャケ裏に書かれた「手にしたその日から、誰にだって、プロ感覚でシンセが弾けるようになる、画期的なシンセ講座ができたんだ!!」は、インダス界隈では知らない人はいない名文(迷文?)です。

 

 フィータスやKMFDMなど、作品ごとのアートワークが似通っていて且つ多作なグループは、どの作品から入ればいいのかよくわからん...というのはよくある話。少なくとも私はそうでした。特に、"Angst"以降なら大体どこから入っても大丈夫なKMFDMと違い、フィータスはアルバムごとのカラーがわりと違うので、入り口の選定は重要かと。

 

 で、ここからは私の個人的な印象ですが、「NIN等の90年代インダストリアル勢がリスペクトする存在」という流れで聴く場合、この"Thaw"が一番「繋がりが判り易い」という意味でとっつきやすいのではないかと思っていたり。それは本作が、音質的にもメンタル的にも、80年代の作品中では最も"へヴィ"だからです。

 

 80年代中期にロンドンからニューヨークに移住したJ.G.Thirlwellは、Swans、Sonic Youth、Lydia LunchといったNY地下シーンのミュージシャンと交流を深めていき、様々なサイドプロジェクトで作品を生み出しました。その中でも、初期SwansのドラマーだったRoli Moshimannとタッグを組んだWisebloodは彼自身にとってもインパクトが大きかったようで*1、ここで獲得した"反復する鉄骨ビート"という要素は、その後本家Foetusの音楽性にも逆輸入されていきました。特に87年発表のアルバム未収録シングル"Ramrod"*2などにその傾向は顕著ですね。

 

 そういった背景もあり、本作は以前の作品に比べ圧倒的に低音域が補強され、よりグル―ヴィに聴かせる楽曲が増えています。これに関しては#1に代表される強靭なビートの導入に加え、ベースが生演奏*3にシフトしたのが大きいと思っていて、特に#4,10ではベースラインが曲の中心となり、単独で大きく前に出るパートもあるほど。初期のフィータスはサンプラー主体ということもあってか、高音寄りのガチャガチャとした音がメインで低音域はわりとスカスカな印象があったのですが、今作ではその軽さが完全に払拭されています。以前の作品に比べて音質がだいぶクリアになっているのも高ポイントですね。これが音質面でのへヴィネス。

 

 さらに、もう一つ注目したいのがJ.G.Thirlwellの歌唱法。これまでの彼の歌い方はどちらかといえばコミカル・ユーモアな面があって、満面の笑みでナイフを振り回しているような雰囲気*4でしたが、このアルバム辺りから、低音でドスを利かせつつ唸りをあげるような歌い方をするようになっていきます。その表情からは完全に笑いが消えていて、100%真顔でブチ切れる狂人そのもの。世の常、普段ニコニコしてる人が真顔になったときほど怖いものはないんですよね...*5。加えて、猟奇殺人の現場に立ち入ったかのような戦慄的な不協和音が鳴らされる#2,6,8といったインスト曲も、このアルバムの危険な緊張感をさらに高めています。こうした病的な凶暴さは、前述したNY地下シーンのバンド群に影響された部分もあるのかもしれません。これがメンタル面でのへヴィネス。

 

  こうした2つの面でのへヴィネスが噛み合わさることによって、今までになく凄みの効いた仕上がりになった本作。お家芸の過剰なサウンドコラージュもますます冴えわたり、一つの到達点を迎えたことは間違いありません。しかし、今までの進化をここで突き詰めてしまった結果、以降のスタジオ盤ではこれを超える過激さを生み出せず、しばし迷走することとなってしまいます...。まぁ逆に捉えれば、本人ですらも越えられなかった強烈なテンションを封じ込めた作品とも言えるわけで。名盤と名高い"Hole"、"Nail"の影に隠れがちですが、決してそれらに劣らない魅力を持つ名作です。

 

Released Year:1988

Record Label:Self Immolation, Some Bizzare

 

Track Listing

  1. Don't Hide It Provide It
  2. Asbestos
  3. Fin
  4. English Faggot / Nothin Man
  5. Hauss-On-Fah
  6. Fratricide Pastorale
  7. The Dipsomaniac Kiss
  8. Barbedwire Tumbleweed
  9. ¡Chingada!
10. A Prayer For My Death

 

 Pick Up!:#4「English Faggot / Nothin Man」

  フィータスお得意の静→動の転換を、最も過剰に・鮮やかに描き出していると思う1曲。実際、この後のライブではしばらく定番曲になっていました。夜の路地裏を思わせる不穏な導入部から、マシンガンのように打ち出されるビートを合図に加速し始める瞬間が最高。さらに最後のオケヒット連打が笑っちゃうほど凄まじい迫力で、あまりのやり過ぎ感に圧倒されます。粘着質なストーカーの脅迫文を思わせる歌詞が普通に怖いんですが、これは実際にJ.G.Thirlwellに掛かってきた電話をモチーフにしているそうです*6。この鬱屈としたブチ切れ感は、そのままNINに引き継がれていますね。

*1:ワンオフの活動に留まらずシングル2枚・アルバム1枚を発表し、Wiseblood名義でライブも行っていたことを考えれば、彼がこのプロジェクトにそれなりの手応えを感じていたのは間違いないと思います。

*2:のちにコンピレーションアルバムの"Sink"に収録。

*3:本当に生ならThirlwell自身が弾いていることになるんですが...。

*4:ネットで昔から知られているフィータスの動画といえば、"Wash It All Off"にドナルドをフィーチャーした音MADがありますが、まさにああいうジョーカーみたいなピエロのイメージ。

*5:またしてもジョーカーネタですが、「ダークナイト」の脅迫ビデオシーンの"LOOK AT ME!!"に震えあがった人には判ってもらえるかと。

*6:英語版wiki参照。→https://en.wikipedia.org/wiki/Thaw_(Foetus_album)