Download - The Eyes Of Stanley Pain

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Released Year:1996

Record Label:Nettwerk, Off Beat, Subconscious Communications

 

Track Listing

  1.Suni C

  2.Possession

  3.The Turin Cloud

  4.Glassblower

  5.H Sien Influence

  6.Base Metal

  7.Collision

  8.Sidewinder

  9.Outafter

10.Killfly

11.Separate

12.Seven Plagues

13.Fire This Ground (Puppy Gristle Part 1)

14.The Eyes Of Stanley Pain

 

 Skinny Puppy崩壊後、cEvin Keyが始めたユニットの2ndアルバム。以前書いた通り、パピーのサイドプロジェクトに本家のようなぶっ壊れた音はあまり期待できないのですが、そういう意味だと実はこのDownloadが、最もパピーに近い狂気を内包しているかもしれません。音を構成するパーツは全く異なりますが。

 

 元々このDownloadというプロジェクトは、泥沼化し膠着状態に陥った"The Process"のレコーディングから逃避し、パピーで没になったアイディアやマテリアルを、レーベルの圧力も無い環境下で自由に形にする場として始まった模様。要はストレス発散&自己実現をするセラピーの場と言ったところでしょうか*1。バンドは93年から95年にかけ、cEvin Key、Dwayne Goettel、Mark Spybey、Phil Western*2の4人を中心にジャムセッションを繰り返し、発売を前提としない膨大な量のマテリアルを録音。Downloadの3rdアルバム以前の音源は、全てこの時期に録音されたものが基となっています。

 

 そういうわけで、今回取り上げる2ndアルバムは、中身としては1stアルバム"Furnace"と兄弟のような立ち位置の作品となっています。ただし、1stに比べるとほんの少しだけ愛想が良くなったというか、#3,4,9など、キャッチーな部分が顔を覗かせる部分も出てきました(それでも難解であることに変わりはありませんが)。1stの日本盤ライナーノーツでも触れられていますが、単なるセラピーとしての実験場ではなく、ライブツアーも行う自主レーベルの看板アーティストとしての自覚...みたいなものも芽生えていたのかもしれません。

 

 とはいえ、全体的にはAutechreAphex TwinSkinny Puppyが融合したような、IDM寄りのカオスなエレクトロ・インダストリアルです。ノリノリのダンスビートが始まったかと思えば縦横無尽に飛び交う電子音が曲を覆い尽くし、透き通るようなメロディが聞こえたと思ったらドロドロのグロテスクなサンプリングが襲い来るという、変幻自在のびっくり箱状態。まるで相手の情報をコピーできる不定形のスライム型エイリアンと対面させられているみたいです(なんじゃそりゃ)。とはいえそこはcEvin Key、狂気とポップを紙一重で綱渡りする巧みなセンスは健在です。時折ハッとさせられるような美しい旋律を挟みこんでくるんですが、その塩梅が絶妙なんですよね*3。楽曲単位で見ても、カクカクした機械音がジャンクに踊る#4から、奇妙な浮遊感のあるアンビエント風味の#6まで、表情が様々でメリハリも効いているので、慣れてしまえば意外と普通に楽しむことが出来ます。

 

 そしてヴォーカルの存在も重要。到底"歌"と呼べるようなものではありませんが、大半の曲でMark Spybeyのザワザワしたヴォイスが挿入されています。この不気味な声の存在が、ただのIDMに留まらない、歪なインダストリアルとしての側面をより強調しているような印象がありますね。その他Genesis P. Orridgeも数曲で参加していますが、一聴してそれと判る独特の個性は相変わらず。その1つである#5の歌詞は彼の作詞なのかよく判りませんが、レコーディングの作業過程をそのまま歌ったような内容なのがおもしろいところ。

 

 アルバム終盤の#13は、パピーのメンバー3人にジェネP、さらに同じくTGのChris Carterも参加したインプロビゼーション音源をエディットしたもので、フルの演奏(40分超え!)は2002年に"Puppy Gristle"という形でリリースされています。レアアイテムっぽいのでいつかは聴いてみたい所ですが、わずか5分でも十分狂ってて恐ろしいのに、これを40分も聴かされて精神の平衡を保っていられるかが不安ですね...(大げさ)。

 

 ちなみに、この2ndアルバムはバンダイから日本盤も発売されています。ライナーノーツはこの界隈ではおなじみ小野島氏が担当されているのですが、前身プロジェクトとして当然Skinny Puppyについての解説も書かれており、マニアとしては日本語で彼らを語る数少ない記録として見逃せません*4。また当時(96年頃)の小野島氏は、メタル化したMinistry及び類型化したインダストリアルメタルブームに愛想を尽かしていた節があり*5、それらから距離を置きつつ孤高の路線を攻めた本作に並々ならぬ期待を寄せているのが伝わってきて興味深いです。

 

 アルバム全体が長尺なのと、曲展開の複雑さから取っつきにくい部分はあるかもしれませんが、最初は作業用BGMにしつつ、キャッチーな"掴み"の部分を少しずつ発見していくと、じわじわ良さが判ってくるかもしれません。もちろんIDM系が好きな方にもお勧め。

 

 Pick Up!:#9「Outafter」

 このアルバムの中ではかなりポップな質感の曲。それもそのはず、この曲は元々、Skinny Puppyの曲として映画「The Crow」のサントラに提供される予定だったものの、オーガさんが"パピーとしてはテクノっぽすぎる"という理由でお蔵入りにしてしまった...という経緯を持っています。主演のブランドン・リーはパピーのファンで、この曲も気に入っていたという話もあり、オーガさんは後にこのことを後悔したんだとか...。*6 ちなみにこの時、オーガさんは映画に出演する端役としてオーディションを受けていたらしいです。といっても、ステージと違う感覚にはだいぶ戸惑った模様。*7

*1:日本盤のライナーノーツ曰く、"「スキニー内部のトラブルによる極度の緊張感やプレッシャーから逃れるために、親しい友人同志のプロジェクトであるダウンロードが必要だった」とケヴィン・キーは語っている。"だそうです。

*2:残念なことに、2019年2月9日に亡くなられた模様。→Canadian Electronic Artist, Engineer Phil Western Dies at 47; Bryan Adams & Skinny Puppy's cEvin Key React | Billboard 死因は"accidental drug overdose"らしく、ゴエテルの件もあるだけになお心が痛みます...。R.I.P.

*3:#1のアウトロとかが良い例。

*4:2004年の復活作が日本盤で出るまでは、数少ない日本語でのパピーの解説文だったはず。

*5:ミュージックマガジンのインダストリアルメタル特集に推薦盤としてPanteraやHelmetを推したり、クロスビートのテクノ特集で"元ミニストリー評論家"を自称するなどされていた模様。

*6:ブランドン・リーは撮影中の事故で亡くなっているので、デモ音源か何かを聞いたのではないかと推測。

*7:この話の出典→http://home.earthlink.net/~coreygoldberg/download/outafter.htm 

  およびインタビュー→http://regenmag.com/interviews/skinny-puppy-interview-shapes-arms-pt-2/